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大津地方裁判所 昭和31年(行)3号 決定

原告 辻川金次郎 外八名

被告 農林大臣

主文

本件を東京地方裁判所に移送する。

理由

原告等の本訴請求の要旨は、被告農林大臣は昭和三十年十月二十六日附を以て「国営愛知川土地改良事業計画の公告」と題する公告により土地改良事業計画を樹立した。右事業計画の示す事業実施の暁は原告等在住の三つの字は水底深く埋没し、原告は遠く祖先以来受継いできた郷土を完全に喪失することとなり、又改良地区住民の利益にも合するものではなく、一部人士の選挙を控えての人気取工作に外ならない。手続的にも土地改良法による事業としての態を為さないものである。従つて右事業計画の無効であることの確認を求めると謂うに在ることは本件訴状により明らかである。然る処被告は本件の管轄裁判所を争い本件は処分庁たる被告農林大臣の所在地を管轄する東京地方裁判所へ移送せらるべきものであると主張するのでその管轄の点について考察するに、公法上の権利又は法律関係の存否についての確認訴訟は行政事件訴訟特例法の所謂抗告訴訟に属せず、その他の公法上の権利関係に関する所謂当事者訴訟に当りその訴訟手続については同法に特別規定のない限り民事訴訟法の定めるところによるべきことは多言を要しない。しかしながら所謂行政処分の無効確認訴訟として行政処分の無効であることを前提として右行政処分が有効であるとすればそれより生ずる法律効果と相容れないところの現在の権利乃至法律関係の存否の確認を求めるというのではなく、むしろ既に為された行政処分そのものに無効とすべき瑕疵ありとして争いその効力のないこと自体の宣言を求めるに帰する類の訴訟は要するに過去の法律関係について確認を求めるもので確認訴訟としての要件を欠き許されないところと見るべきである。かような種類の行政処分無効確認訴訟は行政事件訴訟特例法の立法当時恐らく予想されなかつたところであらう。本来抗告訴訟に属し所定の手続を踏んで出訴すべきところ、出訴期間の徒過その他の事情からこれを為さなかつた者が、その救済手段として行政処分無効確認訴訟を提起するときはこれを許容すべきでないことは勿論であるが、行政処分にはその瑕疵が大であつて当然無効と言う外ない場合もあり、しかも外形上処分として存在する結果種々の障害を生じているに拘らず出訴期間の経過の故を以て救済の途を閉すことは適当でない。而して行政処分の効果を否定するに足る瑕疵が存する場合に如何なる瑕疵を以て当然無効に当るか、取消し得べき瑕疵に当るかはその区別の標準が必ずしも明瞭とは云えず、究極的には訴訟上の判断を俟つべきところであつて、或る行政処分が無効であると信ずる者にとつても形式上あたかも有効な処分であるかの如き外観を以て存在し、これによつて事実上執行を受ける虞があり、又処分を有効とする前提のもとに第三者の権利関係が発生することともなれば、無効な行政処分を受けた真実の権利者の権利は回復に困難を加えることとなるから、単に無効を前提としてこれと相容れない現在の権利関係の確認を得ることのみを以ては充分とはせず、直截に形式上あたかも有効であるかの如き外観を以て存在している行政処分自体の無効であることを当該行政庁との関係に於て終局的に確定せしめる必要があることは否定し得ないところである。かような所謂行政処分無効確認訴訟は、抗告訴訟がより軽微な瑕疵を主張して処分の効力を争いその取消を求めるのと同様により重大明白な瑕疵を主張して処分の効力を争いその無効であることの宣言を求めることに帰着するのであるから、かような訴の性質に着目すれば単純に公法上の権利関係の確認を求める当事者訴訟と解すべきではなく、抗告訴訟に準ずべきものとして取扱うことが至当であると解せられる。従つて当裁判所は抗告訴訟について設けられた行政事件訴訟特例法の規定は、抗告訴訟と所謂無効確認訴訟との性質の差異により除外さるべきもの(出訴期間並訴願前置の諸規定)の外は広く所謂行政処分の効力を争う無効確認訴訟に当然準用すべきものと考える。本訴が右に所謂行政処分の無効確認訴訟の類に属するものであることは訴状の記載により疑のないところであるから、本訴の管轄点についても右特例法第四条を準用すべきものであつて民事訴訟法第十七条の適用せらるべき場合には当らない。さすれば本訴は被告である行政庁農林大臣の所在地の裁判所である東京地方裁判所の専属管轄であつて、当裁判所に管轄がないといわねばならない。

なお原告等は本訴が特例法第四条の準用を受くべき場合に当るとしても、農林省設置法は農林省の地方支分部局として本訴の事業計画地区の滋賀県を管轄する京都農地事務局を設置している。而して同法第三十六条に定める農地事務局の管掌事務は同法第九条の定める農林省農地局の所管事務と同一内容であつて土地改良事業に関しても農地事務局に同じ権限を与えている。その所以は当該地方に関する事務はそれぞれの地方を所管する農地事務局に於て処理することが行政目的達成の便宜に適することを配慮したものである。従つて特例法第四条に謂う「行政庁の所在地」とはこれを本省の所在地たる東京都に制限するいわれなく、当該地方の事務に関する限りその地方を所管する農地事務局所在地もまた「行政庁の所在地」と解すべきもので、本件については京都農地事務局の所在地たる京都市を管轄する京都地方裁判所も本訴の専属管轄裁判所と見るべきであるとの見解に立つようであるが、特例法第四条の行政庁の所在地とは国家機関として国の意思決定を為しこれを表示する行政官庁を意味するものであつて、本件処分が農林大臣によつて為されたこと明らかな本件に於ては農地事務局の行政処分とは云えず、右の如き見解は容れ得ない。

よつて民事訴訟法第三十条を適用して主文の如く決定する。

(裁判官 小野沢竜雄 林義雄 石田登良夫)

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